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2018年3月のアーカイブ

アフリカ旅行記Day5 Namib Desertへ

5時起床、6時にNamib Wildlife Resortを出発。朝食はパックされていた。サンドイッチ、ゆで卵、オレンジジュース、グレープフルーツサイズのレモンのようなもの、洋梨。早朝から食べられないのでバス持ち込み。今朝に備えて昨夜は21:30に就寝したのだがやはり眠い。ジョイスがwe are party animals! と言って笑いながら就寝。

 

1時間ほどでroadhouseに到着、30分休憩。何もないところに突如現れたロードハウスだが、驚くほどセンスがあった。廃車をうまく配置してあるし、ナンバープレートを壁に貼ってあるのも良い。沢山の色を配置するとごちゃごちゃするのでお洒落なインテリアにするのは難しいと思っていたけれど、うまく配置されていてセンスが良かった。

 

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女子トイレの壁には男性の半裸が描かれており、股間には蛇の描かれた箱が設置されている。好奇心に駆られて開けると、建物に響き渡るピーっという音。誰が好奇心に負けて箱を開けたかがバレてしまう。箱の中にはbar round! と書かれており、股間の箱を最初に開けてしまった人がバーで飲み物を奢るという仕組み。こんな箱が目の前に現れたら開けざるを得ないでしょう。タンザニア在住のカナダ人が最初に箱を開け、バーにいる人たちにお酒を奢る羽目になっていた。

 

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ナミビアは1990年に南アフリカから独立した国で、色々な部族が共存している。ドイツ人は人口の1.1%を占めるに過ぎないが、建物や文化に大きな影響を与えている。ナミビアはplace of no people という意味があり、モンゴルに次いで二番目に人口密度が低いらしくたしかに人を見かけない。広大な土地が続くところにポツンと小さな町が現れる。

 

Bethanieという町でトイレ休憩。日曜日のせいか店は開いていなかった。道路で子供達が針金で作られた車のオモチャを引っ張って遊んでいた。日本であれば簡単に既製品が手に入るのだろうけど、廃品を利用した手作りのおもちゃも味わい深い。

 

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その後もひたすら移動。途中ドイツ風レストランでランチ休憩。ここの庭はとても良く手入れされており、レストラン内はレモングラスのような良い匂いがしていた。ナミビアは広大な土地が広がっており何もないものの、店が現れるとこんな所にこんな素敵なお店が!⁈ と驚く。

 

Sossus Oasisキャンプまで後2キロのところで左前輪タイヤがパンクしてしまった。Sossus というのはthe end, no returnという意味らしい。 砂利道で激しく揺れていたので無理もない。運転手のバリーがタイヤ交換を試みるが、ジャッキがないため時間ばかりがすぎていく。結局キャンプ場からヘルプを呼んでタイヤ交換してもらっていた。外で2時間待機。暑かった。アフリカドライブ旅の道中、パンクやぬかるみにはまった車を何回か見かけた。携帯電話の電波が届くところとは限らないし、レンタカーを借りて自力でドライブするのは大変そうだ。

 

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キャンプ場は2人で1つのテントをシェア。かなり狭い。炎天下の中、自分たちでテントを設置するのだが、結構な力仕事だった。マットレスとテントは支給、寝袋は各自持参。砂漠の夜は寒いと聞いて、0度まで対応の寝袋を持参したが夜は暑かった。

 

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夕食はガイドのハネリーが準備してくれた。ひき肉と豆、マッシュポテトとチーズを層状に重ねて焼いたものとサラダ。キャンプといえばカレーと思っていたけれど、マッシュポテトも美味しかった。夕食後はキャンプファイヤーで焼きマシュマロ。中学校2年生の頃アメリカのホストファミリーとキャンプで焼きマシュマロをした事を思い出した。マシュマロを美味しいと思ったことは無いけれど、キャンプ場での焼きマシュマロは美味しい。アメリカ人はクッキーの間に焼きマシュマロを挟んで更なるカロリーアップを図っていた。

 

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夜空に南十字星と天の川が綺麗に見えた。キャンプファイヤーにワイン、星空と最高の雰囲気の中での夕食だった。

アフリカ旅行記 ツアーDay4 Fish River Canyonへ

6:45 荷物積込、7:00朝食、8:00出発。卵とソーセージのメニューを取っていくのだが、大人数のため間に合うはずもなく、パンとフルーツのみ。同室のジョイスは卵とソーセージを頼んだが結局時間内に間に合わなかったそうだ。トイレの壁がない問題を非常に気にしていた私はジョイスがレストランで卵を待っていた間に食事を終え部屋に戻ることができた。

 
バスでぶどう畑沿いにある村を通り過ぎる。藁葺きの簡単な家々で水道はないそうだ。人々は収穫時のみこの村にやってきて、収穫が終わると次の収穫地へと向かう。収穫期のみの滞在であるため、家は簡単で良いそうだ。集落の中に学校もクリニックもあるそう。ソーラーパネルが設置されており、今後この地域一帯にソーラーパネルを設置する計画があるとの事。昼間は40-56℃まで気温が上がるそうなので日光は十分。

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1時間ほどでナミビア南部に位置するFish River Canyonに到着。渓谷の長さ160km、幅27km、面積5900㎢、最深部は550mとアメリカのGrand Canyonに次いで世界で2番目に大きい。Grand Canyonは観光客でごった返しているが、こちらはシーズンオフのためか人が少なく過ごしやすい。
この渓谷はおよそ6.5億年前に形成され、かつては辺り一帯海だったらしい。地元の言い伝えによると、羊などの家畜を狙う悪い蛇がいて、羊飼いたちが石を投げて蛇を殺した時に蛇がのたうち回ってこの地形が出来たと言われているそうだ。

 

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気温は30度を超えているが風があるので涼しい。端っこに寄らないように、崖でヨガのポーズを取らないように!とガイドに言われているにもかかわらず、ヨガポーズを取る人たちがいた。深さ500m、落ちたら自分たちで助けに行ける距離ではない。ガイドのハネリーは、「落下後にまだ生きていたらmercy killingで上から岩を落としてトドメを刺してあげるから!」と皆に忠告していた。

 

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1時間ほどキャニオン沿いを歩いてハイキング終了。もう少し大変なのを想像していたがお散歩程度だった。ハイキングトレイルが崖下へと続いていたが、ハイキングコースの長さは90km、5ー6日ほどかかる本格的なトレイルらしい。

 

Fish River Canyonを後にし、30分程で今夜の宿Namib Desert Resortに到着。広々としてステキなコテージだがWi-Fiが無い。温水プールがあるため、皆さんプールで寛いでいた。外にハイキングに行きたかったが、スコーピオンや毒ヘビがいるため全くおススメ出来ないとの事。プールに入ろうにも水着を持ってきていないので、洗濯などをしながらのんびり過ごした。

 

夕食はホテルレストランで。Kudu肉のステーキを注文。140ランド。ガーリックソースは別料金で14ランド。ジントニック28ランドと質素だが値段高め。Kuduは硬めの牛ステーキという感じだった。いとこ同士のメイとティナ、イギリス人のエマ、運転手のバリー、ガイドのハネリーと同席。メイとティナはカンボジア生まれの中国人で、7歳の頃に一族でアメリカに移住したとのこと。訛りのある英語だが、とにかく喋る喋る!一家のこと、これまで行った国、会った人など弾丸トークだった。バスの運転手のバリーは5人の妻と11人の子供がいると話していた。妻を1人迎えるごとに牛と交換するらしいので、アフリカ基準では相当な金持ちなのではないだろうか。後に5人の妻と11人の子供の話は冗談だとわかったが、南アフリカの国としては、一夫多妻は認められていないが、所属する部族の慣習であれば問題ないらしい。アフリカ大陸の内情を知らないため、バリーの冗談をそのまま信じてしまった!世界のいろいろな事情をもっと知りたいと思った夜だった。

 

 

アフリカ旅行記ツアーDay3 Orange Riverへ

朝7時朝食、7:30出発。Sir Lamberton Bay を出る。途中ルイボスティー畑を通る。地元ではred bushと呼ばれており、世界でもこの地域でしか育たないそうだ。日本ではルイボスティーのフレーバーは見かけたことがなかったが、南アフリカの土産屋さんではマンゴー、ブラックカラント、ミント、アップル、バニラなど様々な風味が売られていた。収穫は年に一回、最も乾燥している8月に行われ、その後一気に乾かすそうだ。収穫前には真っ赤になるそうで、その頃の茶畑を見てみたかった。

 

道路脇にRDPまたはマンデラハウスと呼ばれる質素な作りの家々が並んでいた。恵まれない状況の人に家を与えるプログラム。政府所有なので勝手に売買はできないが、家族が代々住むことは出来る。南アフリカの最低賃金は150ランド/日(約1200ー1300円)。ケープタウンで聞いた家の貸与基準が3000ランド/月だったので、最低賃金で20日間働いて得た賃金以下であれば住むことができるということか。

 

1.5-2時間おきにトイレ休憩。バスの中でガイドさんの説明を聞く。南アフリカの人口は約5500万人で公式言語が11あるそうだ。第一言語はアフリカーン。これはオランダ語、ドイツ語、英語などが少しずつ混ざった新しい言語で、語彙の9割がオランダ語に由来しているそうだ。南アフリカには最初にオランダ人が東インド会社の途中寄港の要点として移住。その後プロテスタントのフランス人たちが迫害を逃れるためにやってきてワイン作りを始めた。その後南アフリカでダイヤモンドや金が発掘されるようになりイギリス軍が戦争を仕掛けたとのこと。

 

南アフリカでは様々な部族が共存しており文化もそれぞれ。Sangomaと呼ばれる呪術師がおり、伝統的な治療や魔術を行なっている。サンゴマの言うことを聞かないと悪い呪いをかけられると信じている人々が未だにいるとのこと。サンゴマに何かお願いをする場合、お金だけではなく、誰かの耳を持ってこい等、体の一部を要求されることがある。なので耳を切り取られたり男性器を切り取られた後に捨てられた死体が見つかるらしい。ある時、市場で評判のシチューに人の男性器が入っていることが発覚したそう。これはシチューを売っている女性がサンゴマにどうしたらもっとたくさんシチューが売れるのかと相談したところ、人の男性器を入れることを提案されたかららしい。実際にシチューは良く売れていたらしいが、中に何が入っているかが発覚した途端、顧客たちが泣き叫び、ガイドさんの母親のところにやってきたとの事。ガイドさんは30台くらいなので、それ程昔のことではなさそうだ。

 

南アフリカにはインドの外では最大の大きなインド人コミュニティがありボリウッド映画も人気で毎週テレビで放映されている。毎年ボリウッド俳優たちが南アフリカを訪問するイベントがあり大騒ぎだそう。そういえば以前アメリカの旅行先で出会ったインド人の神経内科女医さんも南アフリカ出身であった。その時はなぜインド人なのに南アフリカ?と思ったんだけど、そういう事情だったんだなと納得。

 

長いバス移動の途中、ガイドさん提案により車内でゲームが始まる。メンバー全員の名前が書かれたくじを引いてペアになった人で席替え。私はアイルランド出身のマーガレットと組になった。好きな食べ物、好きな国、好きな動物、好きな色、1番怖いこと、という5つの質問をし合う。そして紙皿、紙コップ、アルミホイル、ゴム、クリップ、蛍光ペン、テープなどで、質問票から相手を表す帽子を作るというアクティビティ。作り終わったら前に出て、帽子を被った相手を説明するというもの。幼稚園の遠足みたいだけど楽しかった。1番怖いものに蜘蛛をあげる人が多かった。アイルランドのマーガレットさんは蜘蛛避けにはチェスナットが良いと聞いて、毎年チェスナットを家のあちこちに置くそう。家に現れる蜘蛛は害虫駆除に良いから殺してはいけないという日本のような話はないらしく、見かけたら新聞紙で叩いて殺しているそうだ。

 

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アクティビティで2時間経過の後に次のトイレ休憩へ。何もない道が続いていたところに急に大きなスーパーと商店街が現れた。ダイヤモンド採掘で豊かになった町のようだ。後から気づいたのだが、アフリカの何もないところに突如現れた町には必ずTOYOTA販売所があった。そしてスーパーでは皆のまとめ買いぶりがハンパない。ティーンの女の子は針金のように細いのに、母ちゃんの年代になるとベイマックスのように太っていた。甘いものコーナーにはいかにも甘そうなお菓子が多かった。マシュマロを串刺しにしてチョコレートをまぶしたうえにゼリーを載せたお菓子など…。これらを日常的に食べていたら太るのも無理はない。アフリカ=飢餓というイメージを払拭するデザートコーナーの充実ぶりであった。

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15:30 ナミビアとの国境到着。外は40度。係の人はフレンドリーでコンニチワと挨拶してくれた。その後ガイドさんがパスポートを持って警察署へ。犯罪歴がないかどうか確認するとのこと。ナミビア入国。女性が1人カウンターにいるだけの簡単な入国審査。入国審査用の記入書があり、特に何も聞かれることなく通過。

 

45分ほどで今夜の宿Norotshama River Resortに到着。石造りのお洒落な建物だった。到着前にガイドさんが、今夜の宿は同室者とより親しくなれるわよ!と言っていたが部屋を見てその意味を知る。トイレとシャワーにドアが無い!低い衝立があるだけ…。草むらの陰に隠れて、のイメージなのだろうか。使用中である事が分かるように、使う時は入り口にコンセントのアダプターを置きましょうよ、とルームメイトのジョイスに提案してみたところ、私は気にしないわよ!との事。なんて大らかな人・・・。私は気になるので使用中は入り口の床にコンセントアダプターを置くことにしてもらった。

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18:30からワインテイスティング。無料だが1時間ほどかけて6種類のワインが振舞われた。皆さん語ること!ワインの香り、味、これまで行ったワイナリーで良かったところなど。ワイングラスを片手にワインの良し悪しを語る習慣のない私は聞くのみだった。

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夕食はホテルのレストランで。18人の大テーブル。イギリス人のエマ、中国系ドイツ人のジャイ、ドイツ人のリカルドと話した。ジャイは日本が大好きで何度も観光で訪日しているとの事。ある時彼が電車に乗っていたら、男性がおもむろに懐から女性用パンティを取り出して匂いを嗅ぎ始めたそうだ。一同大爆笑。You are making it up! と言ってはみたものの、ありえるかもしれないと思ってしまった。リカルドは以前日本のラブホテルを特集したドキュメンタリー番組を見たという。回転ベッドやテーマパークのような趣向を凝らした作りに感心したそうだ。日本は不思議な国というイメージを持っているようだった。

 

夜はカエルの大合唱、電気を消すと真っ暗だった。ジョイスが早寝のため10時消灯、6時起床。テレビもなく部屋にWifiも無い。刺激がないせいか熟睡できた。

 

アフリカ旅行記 ツアーDay2 Lambert’s Bayへ

8時にLady Hamilton ホテルを出発。まずはCape Town市内の大型ショッピングセンターで1時間ほど買物タイム。各自5Lの水と蚊除けスプレー等を買うよう指示される。出来るだけDeet成分の高いスプレーを買おうと思ったが、スプレーに成分表示はなく、店員さんオススメ、Peaceful Sleepという名前のものを購入。南アフリカではマラリアの心配はないようだが、Etoshaで必要となるらしい。

 

買い物を済ませ、海岸沿いを北上する。途中、BushmanことSan族の運営する!Khwa ttu culture センターへ。San族はもともと南アフリカに住んでいたが、後から来たオランダ人などによりナミビアに追いやられてしまったそうだ。その後も迫害が続いたが、今は南アフリカへ再移住したとのこと。彼らは文字を持たず、親から子へ代々歴史を語り継いで来たとの事で、San族の女性が昔から伝わる鷹と鶏の話をしてくれた。

 

 

San族の間で代々伝わる薬草を見学し、乾燥させた葉をお茶にしたものを飲ませてもらう。漢方のような感じかな、と思っていたら、これまでに経験したことのない恐ろしい苦味だった。皆さん飲み干した後にすごく健康になった、と口々に言っていたので、良薬は口に苦しという考えは各国共通なのだろう。

 

Lambert’s Bayに到着後、40ランドを支払いBird’s Islandへ。何百羽もの鳥が生息しており、飛び立つ様子が圧巻だった。ここにはペンギンはおらず鳥を眺めるのみ。

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Lambert’s Bayの宿はSir Lambert’s Guest House。窓枠にフリルなどが飾られており、ホテルというより親戚の叔母さんの家、という感じ。部屋には無料の手作りシェリー酒が置いてあったのだが、これを5杯ずつ飲んだというドイツ人2人は翌日腹を下していた。

 

夕食は海辺にあるシーフードレストラン。海辺、というか浜辺でバーベキューだった。1人250ランドと高めだが、次々と焼かれる魚やリゾット、スープなどが食べ放題。良い感じの味付けで、海に沈む夕日を眺めながらの夕食は最高に美味しかった。

 

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同じテーブルになったのはアイルランド出身のマーガレット、ノルウェー出身のジョン・ジャック、ドイツ人のダグマ。ドイツで薬剤師をしているダグマは、中東からドイツに押し寄せた移民の男性たちが女性に対するリスペクトがない、と怒っていた。英会話を習う時、食事やパーティなどの席では政治や宗教の話はタブーと聞いたけど、こういう集まりでは政治の話が多い。アメリカにいた頃は、話題作りや会話についていくため、The Economistを定期購読したり、NYTを拾い読みしていたが、日本に帰国後は政治的な話をすることはないし、個人の意見を表明する必要などなかったため、殆ど読んでいなかった。帰国後はまた英語雑誌の定期購読を再開しなければ。

 

 

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