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アフリカ旅行記 ツアーDay2 Lambert’s Bayへ

8時にLady Hamilton ホテルを出発。まずはCape Town市内の大型ショッピングセンターで1時間ほど買物タイム。各自5Lの水と蚊除けスプレー等を買うよう指示される。出来るだけDeet成分の高いスプレーを買おうと思ったが、スプレーに成分表示はなく、店員さんオススメ、Peaceful Sleepという名前のものを購入。南アフリカではマラリアの心配はないようだが、Etoshaで必要となるらしい。

 

買い物を済ませ、海岸沿いを北上する。途中、BushmanことSan族の運営する!Khwa ttu culture センターへ。San族はもともと南アフリカに住んでいたが、後から来たオランダ人などによりナミビアに追いやられてしまったそうだ。その後も迫害が続いたが、今は南アフリカへ再移住したとのこと。彼らは文字を持たず、親から子へ代々歴史を語り継いで来たとの事で、San族の女性が昔から伝わる鷹と鶏の話をしてくれた。

 

 

San族の間で代々伝わる薬草を見学し、乾燥させた葉をお茶にしたものを飲ませてもらう。漢方のような感じかな、と思っていたら、これまでに経験したことのない恐ろしい苦味だった。皆さん飲み干した後にすごく健康になった、と口々に言っていたので、良薬は口に苦しという考えは各国共通なのだろう。

 

Lambert’s Bayに到着後、40ランドを支払いBird’s Islandへ。何百羽もの鳥が生息しており、飛び立つ様子が圧巻だった。ここにはペンギンはおらず鳥を眺めるのみ。

Bird’s Island

 

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Lambert’s Bayの宿はSir Lambert’s Guest House。窓枠にフリルなどが飾られており、ホテルというより親戚の叔母さんの家、という感じ。部屋には無料の手作りシェリー酒が置いてあったのだが、これを5杯ずつ飲んだというドイツ人2人は翌日腹を下していた。

 

夕食は海辺にあるシーフードレストラン。海辺、というか浜辺でバーベキューだった。1人250ランドと高めだが、次々と焼かれる魚やリゾット、スープなどが食べ放題。良い感じの味付けで、海に沈む夕日を眺めながらの夕食は最高に美味しかった。

 

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同じテーブルになったのはアイルランド出身のマーガレット、ノルウェー出身のジョン・ジャック、ドイツ人のダグマ。ドイツで薬剤師をしているダグマは、中東からドイツに押し寄せた移民の男性たちが女性に対するリスペクトがない、と怒っていた。英会話を習う時、食事やパーティなどの席では政治や宗教の話はタブーと聞いたけど、こういう集まりでは政治の話が多い。アメリカにいた頃は、話題作りや会話についていくため、The Economistを定期購読したり、NYTを拾い読みしていたが、日本に帰国後は政治的な話をすることはないし、個人の意見を表明する必要などなかったため、殆ど読んでいなかった。帰国後はまた英語雑誌の定期購読を再開しなければ。

 

 

アフリカ旅行記 G Adventure ツアー開始

今日からG Adventures、南アフリカからジンバブエ、ビクトリア滝まで18日間のツアーに参加。G Adventuresはカナダに本社があり、世界各国でグループツアーを開催している旅行会社。だいたい16人までの参加者に対し、1名のCEOと呼ばれる現地ガイドがつく。現地集合現地解散で、ホテルのグレードが低めな分、やや値段が安い。2年前、南米旅行の際にG Adventuresツアーに参加して、様々な国からの参加者と交流したのが楽しかったので、今回もG Adventuresツアーに参加することにした。

 

2月28日ツアー初日。Cape TownのLady Hamilton ホテルに集合し、18時からミーティングが始まった。この旅のガイドさんはヨハネスブルグ出身の女性、ハネリーさん。バスの運転手はバリーさん。メンバーは16人。出身国はカナダ、イギリス、アイルランド、ドイツ、スイス、ノルウェー、アメリカ、そして日本。ひとりずつ自己紹介をしていく。

 

カナダ出身男性マーク、美容師さん。

カナダ出身の50台後半と思われるご夫婦パティとジョン。パティは農協のような組合のボスで、ジョンは大学で働いているとのこと。

カナダ出身、タンザニア在住のシモーン。旦那さんをカナダに残し単身タンザニアで教育関係の仕事をしている。

カナダ出身、電話会社でアドミニストレーターをしているジョイスさん。

スコットランド出身、公務員のエイミーさん。

アイルランド出身、教育関係のマーガレットさん。

イギリス出身、ソーシャルワーカーのエマさん。

ドイツ出身、60台半ばのダグマは薬剤師。10年前に夫を亡くし、子供達も独立したため、世界中を旅して回っている。

ドイツ人のジャイは上海出身。子供の頃ドイツに移住しドイツ国籍を取得。現在はスイス在住でロジスティック・マネージャーをしている。

ドイツ出身のリカルドはフリーランスのカメラマン。主にドキュメンタリーの撮影などをしている。

スイス人のサビーンは銀行家。前の会社を辞め、10ヶ月各国を旅行した後に次の会社に転職予定とのこと。

カンボジア出身の中国人で現在アメリカ国籍のメイ。家族でドーナツ屋さんを経営。昨年1年ほど休みをとり、30カ国ほど旅行している。

同じくカンボジア出身、中国人でアメリカ国籍のティナはメイの従姉妹。ボーイング社で監査の仕事をしている。

ノルウェー人の男性ジョン・ジャック。60台後半くらい。この方は小さな声でボソボソ話したので詳細は聞き取れなかった。退職して世界中を旅行しているらしい。

 

G Adventuresに何度も参加されたり、それ以外にも世界各国を旅している方たちばかりだった。その後皆でレストランに行き、親睦を深めた。ガイドのハネリーさんによると、初日のレストランでまるで会話が弾まずシーンとしてしまうグループもあるけれど、今回のグループは最初から話が盛り上がっていて大丈夫そうとのこと。

 

ホテルの部屋はシングルベッドが2つくっつけてあり、隣の人と手が触れられる位置だった。寝相が悪いので、隣に転がっていって領海侵犯しないか心配。ルームメイトのジョイスさんは、カナダからスペインを経由した荷物が届かなかったらしく、リュック1つの軽装備だった。

 

知らない人ばかりの中で旅をするのは少し緊張するけれど、こらから18日間共に旅するうちに仲良くなれると思うとワクワクする。

 

Map

 

南アフリカ Langaタウンシップツアー

南アフリカに到着し、市街地に入るまでの道沿いにたくさんの小屋を見かけました。豪邸立ち並ぶ海岸沿いとは対照的な風景です。タウンシップと呼ばれる地域を見学するツアーがあったので参加しました。

 

私の他に参加者はヨハネスブルグ在住、元ジャーナリストのアナマリーさん73歳。南アフリカの政治や歴史に詳しく、ガイドが2人いるような贅沢なツアーでした。ガイドさんはこれから訪れるLanga出身の男性。現在もLanga在住だそうです。約5万人が住むLangaの第一言語はXhosa(コサと聞こえました)、学校で英語を習うとのことで、流暢な英語を離されるのですがworkがワックッと発音されたりと独特のアクセントがありました。

 

Langa地区は1927年に設立され、南アフリカで最も古いタウンシップの一つだそうです。1900年台初頭、政府が農村の家畜1頭あたりにつき税金を課したため、収入を得るため東ケープ州から男性たちが列車に乗ってCapetownにやってきたそうです。男性たちは身分証明証を与えられ、3人一部屋の小屋に住まわされるようになったのがタウンシップの始まりだったそうです。この身分証明証は3ヶ月更新で、同じ雇用主の元で10年、違う雇用主でも合計15年勤めれば終身の身分証明証となったそうですが、身分証明証を携帯していなければ逮捕され罰金を課されたり東ケープ州へ送り返されたりしたそうです。

 

人々が割り当てられた家は99年間賃貸を払えば所有する事が出来るルールでしたが、例えば父親が60年間家賃を払った後に亡くなっても、息子がその期間を引き継ぐことは出来ず、また1年目からスタートするため、実際は家を所有することは出来なかったそうです。

 

今も当時の建物に住んでいる人々がいて、部屋の中を見学することができました。6畳ほどの部屋にシングルベッドが3つ並んでおり、1ベッドにつき賃貸料20ランド/月(約180円)だそうです。ただし1ベッド1人ではなく、1家族で1ベッドを使用し、子供達は数家族まとまって台所に雑魚寝しているそうです。ガイドさんもそのような環境で育ったらしいのですが、周りも皆そうなので、自分たちが貧乏とは気付かず、たくさんの子供達で寝泊まりして楽しかったそうです・・・。私たちが見学した部屋には普通にゴキブリがいました。しかも栄養不足なのか細くて色も薄い茶色だったのが切なかったです・・。

 

Langa room

Langa Dining room
ガイドさん。子供たちが雑魚寝する台所兼共用リビングルーム。

 

プライバシーが欲しい、または満員で1ベッドさえ借りられなかった人々が周囲にTin Houseと呼ばれるトタン屋根の掘っ建て小屋を建てるそうです。もちろん違法なのですが、小屋を立てて48時間以内に政府によって撤去されなければそこに住む権利が発生するそうです。水は無料、電気は前払い方式で、雨が降ると屋根や床から浸水します。トイレは工事現場にあるような仮設トイレが並んでいました。

Langa Tin house

政府は古い建物を取り壊し、新しいアパートを建てているのですが、新しい建物は1家族につき2ベッドルームと広くなるため、1部屋に3家族が押し込められていた元の建物の住人全てが写ることが出来ず、ほかの場所を探さざるを得ない人々もいるそうです。また、せっかく新しいアパートを割り当てられても元の掘建て小屋に戻り、新しいアパートを違法で賃貸に出して現金収入を得る手立てにする人々も後を絶たないとのことでした。

 

Langaの人々は東ケープ州出身の方が多く、近所のつながりが強いそうです。先祖を大事にし、事あるごとにシロヤギを生贄にするため、例えお金がたまって良い地区に引越せる余裕ができても、このような慣習の違いから新しい地域に溶け込めず、Langa地域に残る人も多いそうです。Langa地区の人々にとって本当のHomeは東ケープ州の村々だそうで、1年に1回バスで10時間かけて帰るだけであっても、Langaは仮住まいと考えているそうです。Langaで亡くなると遺体は東ケープ州まで運んで埋葬するそうです。その費用を出し合う互助会もあり、同郷の人々が毎月積み立てをしているのだとか。

 

住民の多くは、12ランドの運賃を払い、乗合バスに乗ってCapetownへ働きに出ます。Langaのunemployment率は30%超。不景気のため高卒では仕事が見つからないそうですが、奨学金を得て大学に進学出来る人は限られています。そのため、コミュニティでは工芸、アートを子供達に教え、過程終了後には修了証を出して自営を始められるようサポートしているそうです。

 

Langaのスラム地区のすぐ近くには立派な一戸建の家々もあり、Langa出身の学校の先生やドクターが住んでいるそうです。

 

6畳の部屋に3家族や掘建て小屋など想像を絶する貧乏さですが、何故か悲壮感はありませんでした。Langa在住のガイドさんも楽観的で、本当の家は東ケープ州の村のほうだし、年を取ってから帰れば何とかなる。今はケープタウンでお金を稼ぐと割り切っているようでした。

 

ガイドさんの話によるとここまで貧乏でも、いわゆる生活保護のようなものはないらしく、収入が3000ランド/月(3万円前後)以下なら無料の家が割り当てられるようですが、お金の補助はないそうです。両親が無職の子供へのチャイルドサポート、60歳以上の人々と障がいのある方への補助はあるそうです。

 

雨風を凌ぐ屋根があって、水は無料、そして同郷コミュニティがある。食うには困らないというレベルなのでしょうが、住民の方々が楽天的なのが印象的でした。

 

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アフリカ旅行記その1 ミュンヘン経由でケープタウンへ

ルフトハンザ航空羽田空港発、ミュンヘン経由でケープタウンにやってきました。羽田からミュンヘンまで10時間半、トランジット2時間半、ミュンヘンからケープタウンまで11時間45分の長旅!ケープタウンの空港を出たのは自宅を出てから29時間後でした。

 

上空から南アフリカを見下ろすと、円形農場の綺麗な幾何学模様が見えました。とうもろこしやさとうきびの栽培が盛んなようです。

南アフリカ上空

 

午前7時台にケープタウン国際空港に到着。空港から市街地までは車で約20分。MyCiTiバスという公共交通手段もあるのですが、今回は大荷物なのであらかじめ送迎車をお願いしました。

 

ホテルはグリーンマーケット目の前にあるOnomo Hotel。2階建観光バス営業所まで徒歩1分で迷う心配がないためこちらを選びました。3泊してからツアー集合ホテルに移る予定。

Onomo Hotel

【オーディオブック】The Underground Railroad / 地下鉄道

The Underground Railroad (2016) / 地下鉄道

 

* Written by: Colson Whitehead
* Narrated by: Bahni Turpin

 

時間:10時間43分
発音:アメリカ英語
評価:4 out of 5

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【あらすじ】
コーラはジョージア州の綿花農園で奴隷として生まれた。母が幼い頃にコーラを置いて逃走したことで、農園での生活はことさら悲惨だった。

 

ある時バージニア州からコーラ達の働く農園に移ってきたシーザーがコーラに地下鉄道の存在を打ち明け、2人は脱走を決意する。ところが途中追跡者に捕まってしまい、コーラは必死の抵抗の末、白人の少年を殺害してしまう。2人は何とか地下鉄道の駅舎にたどり着き北へと向かった。

 

サウスカロライナ州に辿り着き、偽名で暮らし始めた2人の生活は一見安全に思えたが、単なる脱走者としてではなく、殺人者として懸賞金の対象となってしまったシーザーとコーラに更なる危険が迫っていた。

 

【感想】
ピュリッツァー賞、全米図書賞に加え、アーサー・C・クラーク賞に選ばれた作品。小説では地下に鉄道があったという設定となっていますが、実際には地下に鉄道が走っていたわけではなく、支援者たちが各地に点在し、逃走奴隷を匿いながら北へ北へと逃走する経路がUnderground Railroadと呼ばれていたようです。

 

“All men are created equal, unless we decide you are not a man“
全ての人は生まれながらにして平等であると謳いながら黒人奴隷を”人“として認めないというのは何という欺瞞でしょう!綿花を大量に安く生産したいが自分たちの手だけでは追いつかないし、高い賃金は払えない。だから奴隷を使うのは仕方がない、と自分たちにだけ都合の良い考え方をし、奴隷制度を必要悪として考えていた家庭も多かったようです。

 

悲しく心に響く作品でしたが、説明的な文章が多く、時制が行ったり来たりするので少し読みにくかったです。早川書房から訳書「地下鉄道」が出版されています。

YL:7.5
語数:94,250語(概算)

 

The Underground Railroad


地下鉄道

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