2023年、日本製鉄がUSスチールを買収すると発表がありました。日本製鉄といえば、日本の鉄鋼業の象徴的存在であり、国内シェアは約半分、世界でも第4位にランクする巨大企業です。ところが、2019年、橋本英二氏が社長に就任する頃には、あと2年で倒産してしまうレベルだったそうです。そんな瀕死の状態からどのようにして2兆円もかけてUSスチールを買収するまでに業績が回復したのか。とても興味があったので、『日本製鉄の転生』を読んでみることにしました。
橋本英二氏が社長就任した2019年当時、日本製鉄は赤字続きで、国内製鉄事業は崩壊寸前でした。鉄と言えば現代の生活には欠かせない存在です。伝統ある大企業がなぜ、鋼材を作れば作るほど赤字になる状態にまで落ちぶれてしまったのでしょうか。
これまで日本製鉄は、鉄を“買ってもらっている立場“であるとして、自動車メーカーなどの顧客に対して価格を決めることが出来ませんでした。国内シェアが落ちることを心配し、大口顧客の言い値ーひも付きーで価格が決まっていたのです。いくら付加価値の高い製品を開発しても、ひも付きで相手方に安値を指定されてしまっていては利益を出すことができません。
橋本氏は、「安ければ売れる」という思考を捨て、「高付加価値品には相応の価格を」という価格主導戦略へ転換しました。交渉では「供給できない」とまで言い切り、長年続いた顧客主導の構造に風穴を開けました。値上げにより業界シェアが落ちるのも厭わず、責任は全て自分が取ると言い切ったのです。赤字事業には容赦なくメスが入り、高炉の大規模削減、32ラインの休廃止、1万人規模の人員削減といった思い切った改革も断行しました。
橋本体制のもう一つの柱は海外展開です。インドのエッサール・スチールや、米国のAM/NSカルバート、さらにはUSスチールの買収など、M&Aによる「現地一貫生産体制」などの構築が進められました。中国企業が入り込みづらいインド市場や、米国の保護主義を逆手にとった現地投資は、グローバル戦略の妙とも言えます。2兆円という巨額資金を投じてでもUSスチールを買収する意味がわかりました。
また、鉄鋼業界が抱える課題として脱炭素化にも取り組みました。鉄鋼業界は日本の産業部門別の二酸化炭素排出量で4割弱を占めています。水素還元技術の実用化に向けた布石も進行中で、並行して、油井管や超ハイテンなど、日本製鉄が世界で競争力を持つ高級鋼分野の強化も描かれています。
橋本氏の「嫌われ役になる覚悟」と「実行にすべての責任を負う」という姿勢が、赤字体質だった日本製鉄を変えたのは間違いありませんが、従業員の方々が真摯に仕事に取り組む姿にも感銘を受けました。大企業再生だけではなく、そこで働く人々の熱い思いが伝わってくる良書でした。