評価:4/5
外科手術時の消毒法を開発したジョセフ・リスター医師の伝記です。
1846年にエーテル麻酔が発明される前、無麻酔での手術は困難を極めたそうです。患者の痛みを最小限にするため、手術は早ければ早いほど良く、30秒で脚を切断できる外科医がいたそうです。ただし、あまりの早技で脚だけでなく患者の睾丸と助手の指3本も切り落とされたこともあったとか。残念ながら、その患者と助手は創傷感染がもとで亡くなってしまったようです。
麻酔が発明されたことで手術件数は増えたのですが、まだ消毒の概念が無かったため、術後に感染症で亡くなる人の数も劇的に増えました。外科医が前日に2人手術し翌朝回診すると2人とも亡くなっていたこともあったそうです。今なら大問題ですよね。
当時は感染症は空気感染すると信じられていたので、外科医は手も洗わず、手術器具もボロ布で拭う程度でした。病死した人を解剖したその手でお産を扱うので、産褥熱で亡くなる女性が後をたちませんでした。リスター医師は、下水処理に用いられていたCarbolic Acid(フェノール)が周術期の感染予防に役立つのではないかと考え、自分の患者に実践し始めます。ただ、フェノール自体に腐食作用があり、創傷部位の組織を傷めてしまうため、オイルで適切な濃度にまで薄めるなどの試行錯誤が必要でした。
リスター医師がフェノールを使い始める前の1866年は手術35件のうち死亡16件、フェノール消毒導入後は手術40件のうち死亡6件と、死亡率はかなり減少しました。しかし、当時は感染の原因は細菌であり、外科医を通して患者から次の患者に拡まっているという概念自体が無かったため、死亡率が減り始めてからも消毒法に対する批判が多く、消毒はなかなか広まらなかったようです。
アメリカではリスター医師の消毒法を禁止する病院さえありました。リスター医師がフィラデルフィアで講演を行い、感銘を受けた一部の人々が消毒法を実践し効果をあげたことでアメリカでも手術時の消毒が行われるようになりました。
マウスウォッシュ製品として有名なリステリンは、アメリカでの講演を聞いた医師が考案したものだそうです。リスター→リステリンが由来だったことを初めて知りました。他にもジョンソン&ジョンソン兄弟もリスター医師の講演を聞き、消毒済の創傷被覆剤と縫合器具を売り出したのが会社の始まりだったようです。
外科手術での消毒法が考案されるのが遅ければ、外科医の存在自体危うかったかもしれません。開放骨折で手術すると高確率で死亡し、傷口のない単純骨折は予後が良いことは当時知られていたようですので、大変な思いをして手術しても死ぬならば、何もしないで死んだ方が良いという風潮になっていたかもしれません。
YL:7.5くらい
語数:76000語